幡井先生の授業 2013年7月1日

幡井先生の授業

ある学会の全国大会で、ビデオによる公開授業がありました。東京にある私立のS小学校の英語の授業でした。私は、この公開授業の指導助言を依頼されました。以下に授業の感想を書きたいと思います。

本時の授業の目標は①3文字の単語に関連する音を聞いて、正しい文字を選ぶ。②3文字の単語の中から、質問の答えになる文字を選んで書き写す、というものでした。簡単にいうと、指導の中身は、音と文字の関係をつかませるフォニックスの指導でした。

この授業を観て、驚かれた先生は多いのではないかと思いました。特に公立の外国語活動を実際にやっている先生方や、公立学校の授業をいつも観ている先生にとっては、いつもの歌や、チャンツがない。外国語活動が求めている国際理解や異文化理解を促す活動はどうなっているのか。ペアワークがない。他教科との連携がない。教室を動き回ったりしない(?!)など驚くことも多かったのかもしれません。

週1時間の外国語活動においては、まず音声中心に進め、児童が音声にある程度慣れ親しみ、かつ文字を読んだり書いたりしたいという欲求が高まってきた段階で文字指導に取りかかるのが望ましいとよく言われます。また、単語の正しい綴りを覚えさせたり、発音と綴りの関係を指導するフォニックスの指導は、中学校の英語教育に委ねるべきだというのが現在の外国語活動の考え方であろうと思います。

しかし、S小学校は1~3年生が年間28時間、4年生から6年生は年間42時間程度の英語の授業を実施いている学校です。英語教育の歴史もながく平成6年度から英語指導を開始し、今年で20年目という学校でもあります。学習環境もずいぶんと公立学校とは異なっております。

参観者の中には、公立の学校ではとても無理。学ぶことはない、と思った方もいたかもしれません。しかし、私は学ぶことがとても多かった授業だったと思います。内閣の諮問機関である教育再生実行会議の資料には、英語教育の抜本的な改革が提言されております。小学校においては、教科化、時間数増、開始年齢の低年齢化、専科教員の配置なども提案されております。もし、仮に進んだとしたら、現在の外国語活動の内容も当然変わっていくことになると思いますが、そうなったときに、何を、誰が、どのようにやればよいのか、という点についても、私たちは今後議論しなければなりません。もちろん、まだ、何も決まった訳ではありませんが、小学校外国語活動も次の段階にむけて、いよいよ大きな山が動こうとしているこの時期に、次の展開を考えるという点においても、今回の授業は、示唆に富む授業であったと思います。

この授業を観て、私が良かったと思った点を2点、また、こうすればもっとよくなるかもしれないと思った点を1点ほど述べたいと思います。

まず、私がとても良かったと思った第1点目は、良質のインプットがふんだんに児童に注がれていたということです。あいさつはもちろんですが、児童に与える指示は全て英語で、これは単に授業を進めるためだけのクラスルームイングリッシュのレベルを越えていました。授業の中で使うclassroom discourseなっていました。指示も単語レベル、フレーズレベルではなく、I’m going to read the words and please listen carefully. Please find the word and circle it and put number next to the word. など長めの英語がふんだんに教室にあふれておりました。また、挨拶のところで、児童が「のどが痛い。」と言うと即座に、Oh, you have a sore throat. という表現を即座に与えています。児童との会話の中で、“I like cat.”と発話すると、すかさず“Oh you like cats, she likes cats. ”とrecastを行います。“I want pig”という児童に対しては“Oh you want a pig. She wants a pig as a pet. She said she wants a pig.” などと、正確な英語を与えているだけでなく、児童の英語をさらに広げて聞かせています。これは、現在の公立学校の外国語活動に不足しているものであると私は思っております。JTEやALTは、そのようなことをするためにいると思うのですが、それでも、本時の指導者が行っているような教師からの豊かなインプットは不足しているように思います。豊かな良質のインプットが大量に児童に注がれている。それが本日の授業の大きな特徴であったと思います。

面白いことに、児童は日本語ですが、教師は日本語は全く話しません。唯一聞こえた日本語は、最後の「日直さん」でした。ビデオの中で先生の説明がよく分からず、「(ワークシートの語群を指して)これから選ぶの」と教師に質問した児童がいましたが、それでも、教師は、“Yes, you pick up the word among those words.” というように決して日本語にスイッチすることはありませんでした。

配布された資料にはS小学校の学校の英語プログラムの目標は、「類推力を働かせ『聞き続けようとする力』を育てる」であると述べられています。その指導目標を達成できる力量を備えた教師が、その目標にむけてしっかりと授業を展開したと言えるのではないかと思いました。

このような授業展開においては、コミュニケーション活動といって授業の中に、特別に活動を設けなくても、授業そのものがリアルなコミュニケーションの場になっています。それがこの授業の良い点だと思いました。

フォニックスの指導を日本語でやっている授業を何度も観る機会がありました。今日の授業ではフォニックスを英語で教えているために、同じフォニックスの指導ではありますが、児童につけたい力という点からみますと、ずいぶんと異なる内容の授業になっていると感じました。

2点目は本時の目標である「3文字の単語に関連する音を聞いて正しいも文字を選ぶ、3文字の単語の中から質問の答えになる文字を選んで書き写す」という目標に向かって、スモールステップを踏ませて、指導が段階的になされているということでした。使用する教材もよく工夫されていたこと。テレビモニター等も効果的に使われていたことです。

文字指導は英語嫌いをつくるということが言われたりします。実際、そう思わざるを得ない授業もたくさん観てきました。しかし、今日の授業は、子どもの表情を見る限り、とても楽しそうでした。文字指導のない言語教育はありえません。どこかの段階で入れないといけません。それがいつなのか。そのことを考えるよい材料を今日の授業は提供してくれたと思います。

最後にコミュニケーションという点から、このようにすれば、もっと良かったのではないか、ということについて書いてみたいと思います。

授業ではペアによる児童同士のコミュニケーション活動は一切ありませんでした。これは、たぶんS小学校が、それを望んでいないからではないかと思われます。良質なインプットを伴うインターラクションを望むなら児童と教師のほうが望ましいと思います。もし、そうなら一斉講義型の机の配置ではなく、例えばコの字型の机配置にして、教師と児童が1対1で対話をしても、他の児童がその対話を聞けるようにする工夫が必要ではないかと思いました。机間巡視をしながら、近くにいる児童とは豊かなインターラクションが行われているのですが、他の児童はそれを全く聞くことはありませんでした。もったいないと思いました。もう一点は、指導案には授業の初めの段階で「スモールトーク」をすることになっておりましたが、それは挨拶レベルのトークになっていました。これほどの高い英語力のある教師なら、もっと時間をとったスモールトーク(Teacher Talk)をやっても良かったのではないかと思います。児童が聞きたいと思うような題材を選び、教師が児童にわかるようにAuthentic(本物の)の英語を聞かせることが言語の習得にとってはとても大切と思います。そして、これが外国語活動においても不足しているところだと思います。

最後に、文字指導はどこかでやらなければなりません。音と文字の関係は分かってけれど、本は読みたくないという児童を産み出すことだけは避けたいと思います。フォニックスをやってけれど本を読みたくないでは、文法はわかったけれどコミュニケーションは取りたくないのと同じです。フォニックスを学んだことによって、英語の本も読んでみたいという子どもを作ることが、フォニックスの指導以上に大切なことではないかと思いました。2013年7月1日