大城賢研究室へようこそ。

このWeb Pageを訪問してくださりありがとうございます。
10年以上にわたって作成してきたWeb Pageが2018年の2月28日に突然サービスが停止してしまい,全てのデータが失われてしまいました。その時のショックはとても大きく,2週間ぐらいは落ち込んでいました。

再びホームページを立ち上げる気力はほとんど残っていませんでしたが,学生や元学生達や友人の勧めもあり,7月1日をもって再開することにしました。たいした記事は書いていないのですが,学生や友人たちが見ていてくれるのは本当にありがたいと思いました。一部バックアップをとっていた記事をアップロードしつつ,充実したウェッブページを作りたいと思っています。

2009年4月1日より2012年3月31日まで琉球大学教育学部附属中学校長を併任させていただきました。また,2012年4月1日から2016年3月31日までは教育学部附属教育実践総合センター長を併任させていただきました。その間は附属中学校の職員のみなさま,保護者のみなさま,そして多くの方々にお世話になりました。2017年度は琉球大学教授職員会の会長を務めました。初めての団体交渉も経験しました。頼りない会長でしたが,組合員のみなさまにはお世話になりました。

2018年度からは図らずも教育学部副学部長に就任しました。力不足は重々承知しています。実力の150%ぐらい発揮して職責を果たしていきたいと思っています。

このウエッブページでは,主に私の講義に関する情報や,英語教育に関する私の考え方などを発信していきたいと思っております。読んでいただき,感想などがありましたら気軽にメールしてください。お願いします。

メールアドレスは: koshiro@edu.u-ryukyu.ac.jp

 

Posts

教育学部附属中学校第35回入学式

2019年4月9日 4:25 PM

本日(4月9日)琉球大学教育学部附属中学校の入学式が行われました。私も来賓として招かれ,学部長が別件で出席できなかったため,教育学部を代表して来賓祝辞を述べる機会が与えられました。普通はこのような場合,学部長の祝辞を預かり代読するのですが,私たちは,学部長が出席できない場合は副学部長が学部を代表して挨拶することにしています。そういう訳で,今日は私が学部を代表して挨拶することになりました。

附属中学校の入学式で感動的だったのは,何と言っても在校生の入学式に参加する態度です。式の間,在校生の席からは咳一つ聞こえませんでした。シーンと静まり返っています。これは,最大級の新入生に対する歓迎の気持ちの表れであり,挨拶する人への配慮です。教員がついているわけでもなく,注意する姿も全くありません。中学生で,あのような立派な態度が取れることに驚くと同時に大人のほうが見習うべきではないかと思いました(笑い)本当に感動的でした。

私の挨拶の原稿は以下のとおりでした:

本日は,誠に恐縮ですが,副学部長の大城が教育学部を代表してご挨拶させていただきます。

新入生のみなさん,本日はご入学おめでとうございます。みなさんは今日からは琉球大学附属中学校の1年生です。たくさんの希望と大きな夢を胸に,附属中学校の門をくぐったことと思います。中学校は自立の時期とも言われています。自分で考え,自分なりの答えを探し,行動する必要があります。

さて,そこで,さっそくですが,みなさんに一つ質問をします。「戦争」の反対は何でしょうか?「平和」でしょうか?私も「平和」と思いました。しかし私が先日読んだ本の中には「戦争・暴力の反対語は、平和ではなく対話です」と書かれていました。読み進めていくと「対話のない社会はいつか病み、犠牲者を出し、平和はあるとき、あっけなく崩れてしまう」と書かれていました。現在の世界を見てみると,とても残念ですが,戦争や紛争,そして暴力などが起こっています。身近なところでは友達との断絶,いさかいなども起こっているかもしれません。

この本の著者は,これらの問題は全て「対話が欠けていたからだ」あるいは「対話能力を持っていないからだ」または「はじめから対話をする気がないからだ」と述べています。

みなさんが活躍する21世紀は言語や文化や価値観の異なる多くの人々とこれまで以上に出会う機会が増えることは確実です。そんな時に平和に生きていくためには,お互いの考えや気持ちを伝え合う対話は絶対に必要となります。対話は一方的に話すスピーチではありません。考えや気持ちをやり取りする行為です。

これからすぐに新しい教室に移動し,友達や先生と出会います。ぜひ,自分から声をかけて対話をしてみてください。そしてこれからの中学校生活においても,たとえ相手と考えが異なっていても,粘り強く対話を続けることができるように努力してみてください。対話の力が,戦争を避け,私たちが平和に穏やかに生活を送る最大の手段だと私は考えています。

さて,保護者の皆様,本日はお子様のご入学,誠におめでとうございます。附属中学校は他の公立学校とは異なる3つの役割を持っています。一つ目は大学の教員と一緒に共同研究を進めること,二つ目に,研究の成果を活かして公立学校のモデルとなること,三つ目に,教育実習の受入校となり,将来,教員を目指す学生を指導することです。その役割を担っている学校は沖縄県内ではただ一つしかありません。その役割を果たすためには,公立学校では当たり前に行われていることが,附属学校では行われないかもしれません。また,その逆もあるかもしれません。公立学校と異なっているからこそ,附属学校の存在意義があります。どうか,そのことをご理解いただき,附属学校へのご協力をお願いいたします。もちろん,本日,大切なお子様をお預かりしました。教育学部の教員も附属学校の教員と一丸となって新入生の学びと育ちを支えていきたいと考えています。

新入生のみなさま,みなさまの中学校生活が楽しく,有意義なものとなることを願って,教育学部代表の挨拶とさせていただきます。

ありがとうございました。

“理想を持てなかったら,生きている資格がない”

2019年4月8日 10:47 AM

今年も英語科教育法や外国語活動を担当することになりました。

さて,表題の“現実感覚がなければ生きていられない。理想を持てなかったら,生きている資格がない”は,私が30年以上前に読んだレイモンド・チャンドラーの小説『プレイバック』の一節です。30年以上も前に読んだ小説なので,ストーリーもあまりよく覚えていません。ただ,私立探偵の男が怪しい女を追っかける話でした。翻訳本ですから,いかにも“翻訳”という感じの日本語が多く,ところどころ意味不明の表現があったことはよく覚えています。そして,なぜか忘れられないのが“現実感覚がなければ生きていられない。理想を持てなかったら,生きている資格がない”という一節です。

私は大学を卒業して中学校の英語教師になりました。今では,想像できないかもしれませんが,当時は理想と情熱にあふれた細身の青年教師でした。現場の授業は困難を極めるものでした。授業がうまくいかない,生徒が暴れる,暴言を吐く,などは日常的に起こっていました。

授業がうまくいかないのは,こんな環境のせいなのだ。生徒に学習意欲がないのだからしかたがない。このような考えが頭をかすめることがよくありました。しかし,一方で,教師として,これでよいのか,という声も聞こえてきました。そんな時,私の頭を駆け巡ったのが『プレイバック』の一節です。

教育という現場では,さまざまな困難が待ち受けています。現実感覚がなければ,本当に生きてはいけないと思います。しかし,理想をもって授業に取り組んでいかなければ現実は改善されません。

学生のみなさんには,現場の現実をしっかり見て欲しいと思います。教育実習では,自分の理想としていた教室とは異なる現実と出会うかもしれません。しかし,現場のせい,児童・生徒のせい,と考えた時点で教師としての資格はありません!

2020年からは小学校の英語が教科化されます。中高も指導内容が高度化していきます。課題も山積しています。学生のみなさんには,現実を直視しつつ,しっかりとした理想を持った教師になって欲しいと思います。

Archive

9:48 AM

英語授業マイスター発掘プロジェクト

2019年1月26日 6:24 PM

沖縄県には県教委が主管する「英語教育小中高大連携委員会」というものがあります。この委員会の活動の一つは「英語授業マイスター発掘プロジェクト」です。これは,県内の小・中・高等学校で素晴らしい授業を行っている先生方を発掘し表彰するというものです。私もこのプロジェクトに関わっています。
今日は小中高大連携シンポジウムに先立ち平成30年度のマイスター表彰式が琉球大学で行われました。受賞の挨拶を聞いていると,どの先生も,英語教師という前に,教師としての魅力を感じさせてくれました。共通しているのは児童生徒に対する「思い」が強いということです。受賞者の先生方からは「この生徒たちを,他の先生方にも見てもらいたいという気持ちでマイスターへ応募しました・・・」「生徒のポテンシャルを信じることが授業改善には必要です・・・」「生徒の自己肯定感を大切にしたいという思いで授業を行っています・・・」などの言葉がありました。私は,このような先生方の教室では「間違えても大丈夫,もっと英語を話してみよう」という児童生徒は増えてくるものと確信しました。
今日は,ある受賞者の所属校の校長先生も参加していました。自分のことのように喜んでいました。校長先生が背中を押してくれたからこそ,先生方も応募する気になったと思います。児童・生徒が素晴らしい英語教師によって育つように,教員もまた素晴らしい管理職の先生方によって育っていくのかもしれません。受賞者のみなさま,おめでとうございました!

2019年1月21日 福岡県M小学校の授業

11:48 AM

2019年1月21日 M小学校の授業

音声と意味のバランス(M先生の授業から)

2018年12月27日 12:51 PM

181220_M先生の授業

2018年11月29日 We can!1を使った頻度を表す語の指導

2018年12月17日 7:02 PM

2018年11月29日,神村先生の6年生の授業を参観しました。教材は「We can !1 のUnit 4」。5年生用の教材ですか,指導者の神村先生によると,前年度にこの単元の内容を実施していないので取り上げたということでした。

【授業の流れ】

1.Sound Tennis(Tで始まる単語を言い合う)

Tennis, Thursday などが出てくる。

全体でやったあとにペアで行う。

Tea, toilet 等がでた。

2.Small Talk(ALTに家での仕事について聞く)

3.Who am I gameを行う。

6年生を担当する3人の担任の先生の写真を電子黒板で写す。

ヒントを聞いて誰のことかを当てていく。

I usually wash the dishes.

I sometimes clean my room.

I never cook dinner.

Who am I?

答えがでたら実際に担任の先生が自分の家での仕事を言う動画を見せる。

4.今日のめあて(家での役割についてインタビューし合う)

5.インタビューをし合う。聞いたことをワークシートにまとめる。

A: Do you wash the dishes?

B: Yes, I sometimes wash the dishes?

A: Do you clean your room?

B: No, I never clean my room.

6.インタビューの感想を発表する。

児童の発表には以下のようなものがあった。

・女の人がよく家事をしているように感じた。こんなところから,大人になって家事をする人が女だと決まるんだと思った。

・Never とsometimes が多かった。

・I cook dinner. がsometimes が多かった。

・Cook dinner が以外といなかった。

7.振り返りカードへの記入

【良かった点】

①本時の目標である頻度を表す語(usually, sometimes, never)を学年の先生方が家でやっている仕事を紹介するという形のクイズにしたのは良い考えだったと思います。また,回答は実際に本人がVTRに登場して,その答えを英語で言っていました。学年を巻き込んだ授業づくりになっていたことが良かったと思います。このようなVTRを作成しておくと,いろいろな場面で編集して使えることもありますので,教材としてストックしていくとよいと思います。

②授業者が児童と「対話」をしながら授業を進めていたこともよかったと思います。おそらく,この小学校の特徴だと思いますが,どの教科においても,対話型の授業がなされているように感じます。また,クラスには支持的風土が醸成されています。他教科でも行っている「対話型」の授業をうまく英語の授業にも取り入れていることが良かったと思います。

③指導者は終始,適切な声量と,場に合わせた英語を使っていました。落ち着いた授業展開でした。

④電子黒板(動きがあるもの)と黒板(貼っておいて,絶えず参照するもの)の長所を活かした使い方がなされていました。

【今後の課題】

1.Sounds TennisでTで始まる単語を言わせました。Tennis, tea が出るのはよくわかるのですが,Thursday が出たのには驚きました。繰り返し見ているので発音は/t/ではないのですが,Tで始まることを覚えていたのでしょう。文字を繰り返し見ることによって,音と文字の結びつきについても慣れ親しんでいくのだと思いました。

全体で取組ませたあと,ペアでも取り組ませたのですが,児童によっては難しい活動であることも分かりました。Tで始まる語が一語も出ない児童もいました。これは全体での活動にとどめて,分からない児童が「自分にはできない!」という感情を持たないようにする配慮も必要かもしれないと思いました。決してやさしい活動ではありません。このような難しい活動は全体で行い,文字と音の関係に負担なく慣れ親しませることが大切ではないかと思います。

2.3人の先生の家での役割を「Who am I game」にしたのは良い考えだったと思います。他のクラスの担任の先生が普段どんなことを,どのような頻度でしているかを知るよい機会になったようでした。しかし,児童の興味はclean my roomや,cook dinnerなどに向いていて,頻度(usually, sometimes, never)などには向いていないように見えました。

3.児童がインタビュー活動を行いました。洗濯している絵や,掃除をしている絵がついたワークシートを用いて活動をしているので意味の理解は容易だったと思われます。児童の活動をみているとDo you wash the dishes? と訊かれて I sometimes までは答えられたのですが,その後が続かないことが多くありました。ここでは,get the newspaper, take out the garbage, water the plantsなどが出てきますが,それらの表現に慣れ親しませないうちに頻度を表す語を入れるのは難しいと感じました。簡単に言うとget the newspaper の表現が十分に言えるようになった後だと,頻度を表す語(usually, sometimes, never)の導入がスムーズにいくのですが,get the newspaper がうまく言えない段階だと頻度を表す語を導入しても,児童がそれをintake するのは難しいということです。言語習得の教科書に書いているとおり,十分に慣れ親しんだものの上に新しいものを追加した時に,それに注意が向き習得が可能になります。このように考えると,この教材自体がかなり難しいことを要求しているようにも思われました。もし,頻度を表す語に注意を向けさせることが目標なら,質問は Do you clean you room? のみにして,答えをalways, usually, sometimes, never から選ぶようにすればよいかもしれません。例えば以下のような感じです。

A: Do you clean your room?

B: Sometimes.

こうすると児童の注意はalways, usually, sometimes, neverに集中することになり,頻度を表す語についてのintake もスムーズに進むのではないかと思います。

3.インタビューの感想で,「女の人がよく家事をしているように感じた」というのがありました。これは他教科でも学習した内容だったのか,それともこの授業をとおして発見したことであったのかはよくわかりませんでした。いずれにしても,このようなことを外国語活動を通して学ぶ(発見する)ことは内容重視の授業展開になっている証拠で,望ましいことではないかと思いました。「Cook dinner が意外といなかった。」と感想を述べた女児がいましたが,私自身はdinner をつくらない児童が多いのが当たり前だと思っています。ひょっとしてこの女児は母親の仕事(夕食の準備)を一手に引き受けているのかもしれないと逆に不安になりました。子どもの貧困が社会問題化しているなか,この発言をした児童について,しっかりと注意して見ていく必要があると感じました。

赤嶺美奈子先生のセミナー

2018年12月1日 5:26 PM

2018年12月1日(土)今日は,赤嶺美奈子先生(伊江村立伊江中学校教頭)を迎えて学生と現職教員のための英語教育セミナーをしました。もともと私の教職実践演習を受講している学生のための講義の一環として企画したのですが,現場の先生方にとっても必要なものかもしれないと思い立ち,現場の先生方へも呼びかけて実施したものでした。

66人の参加者のうち,30人は現場の先生方でした。しかも沖縄本島からはとても遠く,飛行機や船を乗り継がないと来られないような離島からも数名の先生方が駆けつけてくれました。同じ学校から誘い合って英語科全員参加の学校もありました。

赤嶺先生は,現在は教頭先生をされているのですが,現職の英語教師をしている時代から,私は何度も授業を参観してきました。教室はいつも生徒の笑い声にあふれていました。そして誰一人として置き去りにされている生徒はいませんでした。生徒との英語の「やり取り」を中心に授業が展開していきました。ほぼAll Englishでした。

今日は学生を生徒に見立てて模擬授業形式のセミナーが展開されました。時には教材作成の裏話を語り,また,時にはseriousな問題を私たちに投げかけ,英語教師の意識改革を強い口調で求めてきました。笑いと緊張感が走るセミナーとなりました。

受講者の感想を一部紹介します。

〇セミナーを受けていることを忘れて楽しんいる自分がそこにいました。こんなふうに生徒を夢中にさせる授業がしたいと思いました。(学生)

〇今回のセミナーを受けて英語の授業に対する姿勢が自分の中で大きく変わりました。(学生)

〇今の英語教育に何が求められているのか,子供たちは何を求めているのか,教師はどういう手立てが必要か等,考えさせられる場面が多くありました。

〇教師になりたいという気持ちがさらに強くなり,現場にでて実践したいと強く思いました。(学生)

〇今の私に足りない事は,生徒達の実態に即した授業を創っていないことでした。ここが問題でした。その事に今日気付かせて頂きました。(中学校教員)

〇生徒の実態に寄り添い,教材や教具を日常生活の中からピックアップしていくことは,やはり重要だと感じました。美奈子先生の豊富なアイディアに感動しました。(中学校教師)

〇忙しさを理由にせず,子供の興味のあるものは何かを考え,いろいろな仕掛けを授業の中に取りいれていきたいと思いました。(中学校教師)

〇勉強不足なのを日々感じていました。相談できる先輩が少ないので,これからも美奈子先生のセミナーに参加したり,直接メールしたりして勉強したいです。(小学校教員)

〇これまでの授業内容を見直すよい機会となりました。もっと勉強したい,もっと指導力を高めたいと強く感じました。美奈子先生に会いに伊江島まで足を運びます。いろいろと教えてください。(中学校教師)

「児童生徒のために自分がいる」というのは美奈子先生の口癖です。医者を必要としているのは,病気の人です。コミュニケーション能力は誰にとっても必要です。一人も置き去りにしない授業づくりを,私も,学生や現場の先生方とともに創っていきたいと思いました。

ハイコンテクスト環境を活かす

2018年11月25日 11:38 AM

ハイコンテクスト環境を活かす

高校生の頃に「嵐が丘」という映画を観ました。映画の中で女主人公が寡黙な男性に対して「何も言わないのは,いないのと同じよ!」というセリフがありました。当時は「男は黙ってサッポロビール」というコマーシャルが流行っていた時代でしたから,その言葉はとても衝撃的でした。

その後,大学で英語教育を学ぶようになり,エドワード・.ホールが唱えた「ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化」という考え方を学びました。共通の文化や経験,価値観があると,伝える努力やスキルがあまりなくても,なんとなく通じてしまうという環境のことをハイコンテキスト文化と言います。逆に,共通の文化や価値観がない環境はローコンテクスト文化と言い,言葉で伝える努力をしないと理解してもらえません。他民族国家の代表であるアメリカやイギリスは,まさしくローコンテクスト環境と言えるでしょう。ですから「何も言わないのは,いないのと同じよ!」というセリフが出てくるのでしょう。一方で,昔の(?)の日本のように共通の言語や文化,価値観を共有している文化では,何も言わなくても「黙ってサッポロビール」を飲んでいれば通じてしまうということもあるのでしょう。私のような年代の人は,その頃のことを懐かしがっている人が多いのではないでしょうか。

ところで,小学校の外国語活動を参観していると,担任の先生と児童が英語でやり取りをしているのですが,参観者には,あまりよく理解できないことがあります。でも担任の先生と児童はお互いに十分に理解し合えているのです。考えみれば,担任の先生と児童は毎日,毎日,同じ教室にいますので,共通の知識や体験を共有しているので,理解しやすい環境が作られているのでしょう。夫婦間でも言葉を発しなくても分かり合えるというのと似ているかもしれません。

さて,外国語を学ぶ時は,このハイコンテクストな環境はメリットなのでしょうか?それともデメリットなのでしょうか?これまでの外国語習得研究では文脈(環境,場面,状況など)や既習の事項を活かすことの重要性が指摘されています。分かりやすい場面の中で,既習事項を踏まえながら,新しい文法や語彙を導入すると理解しやすく,言語習得に繋がりやすいということです。

このように考えると,担任の先生の話す英語の内容は,児童にとっては既に知っていることが多いのかもしれません。ですから,参観者にはわからなくても,担任教師と児童の間では分かってしまうということもあるのかもしれません。だとすれば,担任教師が英語の授業を担当することはメリットということになります。教室内の英語がピジン化(教室内だけでしか通じない)することは避けなければならないのですが,このメリットを活かさない手はないと思います。

「専門性が高い」という意味

2018年11月22日 10:00 PM

「沖縄県の教員の資質向上連絡協議会」という機関があります。沖縄県の教育委員会と教員養成を担う県内の大学とが,教育実習や教員養成等について協議をする機関です。今年は第2回会議が11月16日に開催されました。協議題の一つは「小学校高学年の外国語は誰が指導すべきか」となっていました。興味深いテーマなので資料を取り寄せて読んでみました。

県教委は,小学校教員の指導力を高めて専科として指導できるように支援する方向性と,中学校教師に研修を行って小学校へ派遣する二つの方向性を示しています。極めて妥当で現実的な提案理由が記されていました。

ところが県内大学で中高教員養成をしている大学は,そのほとんどが,中高英語免許を取得した人を小学校で活用して欲しいという提案でした。その理由は「専門性が高い」ということでした。一つの方向性としては,それでよいとは思いますが,小学校教員の「専門性」についての言及はありませんでした。少し残念でした。英語指導力(英語力)が高いというだけで小学校での指導が可能だと考えるのは極めて危険です。小学校の先生は小学校教育の「専門性」が極めて高いのです。ですから,小学校の免許状があり,小学校で指導することが可能なのです。中学校の教員は中学校の免許状を持っていても小学校の免許状は持っていません。それは何を意味するのかを一方では考える必要があります。中学校や高等学校の教員養成だけに関わっている大学教員は,小学校の教育がどのようになされ,教員にはどのような資質や能力が求められているのかについては目が行かないのかもしれません。

高等学校校長会も中高の英語教師を小学校に派遣したほうがよいという提案でした。理由は同じく「専門性が高いから」です。「専門性」が高いなら,中高の英語教育も上手くいっているはずなのですが,それも,現実には上手くいっているとは言い難いのです。中学校では英語嫌いが増えており,高校では国が目標としている英検準2級程度に達している生徒は39.3%です。中卒レベルの高校生も多く2極化していると言われて久しくなります。小学校ではよく行われている「対話型の授業」も少ないことが指摘されています。もちろん,素晴らしい中高校の先生もたくさんおられて,中高で良い指導ができるなら,小学校でも素晴らしい指導ができることが大いに期待されます。しかし,一方では逆のケースも予想されます。

もちろん,会議資料だけからでは判断できないところもあります。口頭では県内大学も高等学校長会も,小学校教員の専門性について言及したかもしれません。確かに小学校教員の「専門性」に加えて,もう少し英語力が欲しいと思う時もよくあります。これまでの中高の英語教育が上手くいっていれば,小学校の教員も中高の英語教育を通して,小学校レベルの英語は指導できる力をつけているのが当たり前でしょう。国語や算数はこれまでの学校教育の中で小学校レベルの内容は十分教えることができているのです。しかし,英語だけは,それができていないと言えるのかもしれません。今回の資料に目を通してみて,「専門性」が高いということは,どういうことかを再度考えてみる必要があると感じました。