福岡県大野城市立大野南小学校(当時) 松吉典子先生の授業 平成25年10月18日

本物のコミュニケーションの力

~福岡県大野城市立大野南小学校(当時) 松吉典子先生~

 

独立行政法人教員研修センターでは、毎年、指導的な役割を担った教員を海外研修に派遣しています。平成19年には外国語活動を担当する教員の海外研修(スペイン)が初めて実施されました。私は、その時にアドバイザーとして参加しましたが、今回、紹介する松吉典子先生も、この研修に参加した先生の一人です。研究熱心で研修会等でもお会いすることが多く、念願が叶って平成25年10月18日、授業を参観することができました。

授業は6年1組。ALTのヘンリー先生とのTTで行われました。単元は“Which do you like?”(どちらが好き?)で、本時の目標は、①絵本の読み聞かせを通して、“Which do you like, A or B?”という表現に慣れ親しむ。②自分が知りたい学級の傾向を “Which do you like, A or B?”という表現を使って調べる、となっていました。Hi, friends! には“Which do you like, A or B?”という表現は出てきません。授業の前に、どうして“Which do you like~? ”を選んだのかを松吉先生に尋ねたところ、「この表現を子供たちはよく使うのです。ですから、英語でさせてみたいのです!」というご返事でした。

授業はウォーミングアップを兼ねた“What’s new?”で始まりました。これは毎回行っているもので、ヘンリー先生が最近のできごとを児童に話して聞かせるというものです。ヘンリー先生は“Last Saturday was my wife’s birthday. So, we went to a restaurant. We had dinner. We ate cake, too. We had a very good time.”と話して聞かせました。松吉先生はヘンリー先生のお話のあと、“When?“ Where?”“ What?”の質問を投げかけ、話の内容を児童に理解させていきました。

What’s new が終わると、「ねえ、どれがいい?」の絵本を取り出しました。この絵本は物語というよりも、次々と絵を出して、「どっちがいい」と究極の選択を迫る絵本です。例えば、「蜘蛛のシチューとへびのジュース、どっちがいい」というようなものです。松吉先生は2つの絵を指さしながら“Which do you like, A or B?”と聞いていきました。ナンセンスな質問なのですが、児童は真剣に悩み、時に絶句しながらも、“I like A.”などと発話していきました。

本時の目標表現に十分慣れたところで、インタビュー活動に入りました。児童は、自分が本当にこの学級で調査したいことを、絵にしたり、実物を使ったりしながら質問していきます。活動が始まると、「ええっ!うそ!どっちにしよう?」などのつぶやきとともに、Which do you like…? の表現が教室中に響き渡りました!

この授業には、良い点がたくさんありましたが、「本物のコミュニケーションのもつ力」という観点から2点に絞って書きたいと思います。第1点は、毎回行っているという“What’s new?”の活動です。この活動では、多少、未習事項を含んでいても、文脈から意味を推測して理解しようとする態度や能力を育てることができます。そして、重要なのは、本当に伝えたいことを、ストーリー性を持たせて児童に聞かせることです。

先日、ある授業を参観しましたが、ALTの先生の英語は次のようなものでした。“Last Saturday I cleaned my house. I went to the park. I went shopping. I watched TV.”ここには、「本当に伝えたい」という意図が感じられません。そして、ストーリーもありません。ですから、推測して意味を理解する力も付きません。ヘンリー先生のWhat’s newは、birthday が分かると、行ったところはrestaurant かな、と推測ができます。また、birthday なのでcake を食べたんだ、ということが推測できます。そうすると、We had a very good time. も何となく分かってきます。そこまで来ると、当然、児童は「誰の誕生日だったのだろう」という疑問を持ちます。そして、「wifeの意味はなんだろうか」と考えます。児童から「奥さんはいくつになったのですか」という本当に知りたい質問が出て大笑いとなりました。

第2点目は、絵本をうまく活用しながら、本当に伝えたいことを優先し、しかも日本語を使わなくても出来る活動にしたことです。英語にこだわると、Which do you like, oranges or apples?  のように、選択するものがoranges やapplesなどに限定されてしまいます。ところが絵を使ってA or B にすると、本当に聞きたいことを聞くことができます。ですから面白い活動になります。インタビュー活動でも、本当に聞きたいことを聞くことになりますから、活動が楽しく、児童の意欲も高まります。いつのまにか、英語が言えるようになっています。

授業後の反省会でわかったことですが、普段は全く授業に参加しないA君が、今回の授業では、初めて活動に参加したそうです。A君は飛行機マニアだそうですが、彼が質問したのは“Which do you like, Boeing or Airbus?” (ボーイング社、それともエアバス社?)というものでした。「本当に聞いてみたい」という気持ちがA君を活動に引き込んだのでしょう。

本物のコミュニケーションには「意欲」を引き出し、「聞く・話す」力を付ける力があります。松吉先生が「この表現は子どもたちがよく使うのです。ですから、英語でさせてみたいのです」と言った意味がわかりました。本物のコミュニケーションを体験させるためには、たとえHi, friends! になくても挑戦するという姿勢には脱帽です。飛行機マニアのA君の笑顔とともに、印象に残る授業となりました。